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2006-08-30

今月の映画 「バックダンサーズ」


映画バックダンサーズ-1


映画バックダンサーズ-2


人気絶頂のまま突然引退を発表したトップヴォーカリスト樹里のバックダンサー達。誰よりもダンスの才能に恵まれたよしか、ダンスへの情熱は人一倍のミウ、なぜか結婚願望の強いともえ、実はアイドル歌手志望の愛子。彼女たちを押しつけられた新人マネージャーは意欲はあってもなにもできずに、残された4人はついに解散の憂き目にあう。一度は他の道を模索した彼女達だったが、ダンスへの想いは捨てきれず・・・。


古いところでは「フラッシュ・ダンス」とか「ステイン・アライブ」とか、ミュージカルを含めてダンス映画が好きである。

ダンスシーンが感動的によければ、他はB級だろうがC級だろうがどうでもよくなってしまうくらいだ。(笑)


というわけでちょっと期待しながら観に行った「バックダンサーズ」・・・まあ、邦画だとこんなもんかな、という感じ?(苦笑)

日本のトップダンサー100名以上を集めたというライヴシーンはなかなか魅せてくれるが、個人的には期待していたよりダンスシーンが少ない(特にメインの4人)のに正直なところちょっとがっかりだった。


元Speedのhiroはさすがにダンスも歌も突出して上手い。しかしながら演技はかなりの部分で「?」。特にペアでいることの多い平山あやちゃんの演技が相当なレベルなので(今回改めて感心しました)どうしても見劣りがしてしまう。まあ、不器用でぶっきらぼうな役なのでそれなりには見えるんだけど、主人公クラスとしては疑問が残る。

逆にあやちゃんを含めた残り三人は演技もうまいしダンスもそれなりとはいえ、ダンスに関してはエキストラの方がよっぽどうまく見えてしまう。確かにかなりがんばったんだろうなあとは思うけれど、残念ながら”スカウトされるようなダンサー”には見えない。

「ダンスを主役に」した映画としては、やっぱりもう少し上のレベルが欲しいところだ。


解散する前のSpeedで作ればよかったのかも??(苦笑)


ダンス版ホイチョイ・プロといった感じの軽さは安心して見れるしわかりやすいハッピーエンドは見終わった後味もいいから、ちょっと元気を出したいな、という気分の時にはお勧めできる映画かもしれません。


それにしても、冒頭で書いたダンス映画って基本はジャズダンスやディスコダンスだったけれど、今”ダンス”というとこういうパフォーマンス系なんですねー。

なんか時代の流れを感じます。(苦笑)


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2006-08-29

今月の映画 「X-MEN ファイナル・ディシジョン」


映画X-MEN-1


映画X-MEN-2


プロフェッサーXの右腕だったジーンの死により、いまだその動揺から立ち直れずにいるX-MEN、特に恋人であったサイクロップスはなかなか立ち直れないまま。そんな中、“ミュータントはただの病気である”と主張する天才科学者によって、ミュータントの能力を消去し普通の人間にすることのできる新薬“キュア”が開発され“ミュータントのまま生きるか、それとも人間になるか”という究極の選択にミュータント社会は大きく揺れ手動く。マグニートー率いるブラザーフッドはキュアの根絶を狙い、キュア開発のカギとなる少年ミュータントリーチを強奪するために戦いの準備を始める。一方人類とミュータントの全面戦争を回避しようと奔走するX-MENの前に、死んだはずのジーンが現れて・・・・。



前二作を観ていないわりには、ジーンの子供時代のエピソード等を織り交ぜた導入で割とすんなり入り込めた。どうしても細かな部分は「?」マークが飛ぶけれど、原作がアメコミだと思えば結構気を使って作っているな、という印象。

出演キャラが多すぎてサブキャラの顔と名前を覚える暇がないという弊害はさておき(笑)、アクションがとにかく派手でかっこいい。天気を操る能力が戦う能力になるのかどうかかなり疑問ではあるけれど(笑その2)、CG使いまくりの割には漫画っぽくないしさすが人気シリーズである。

(別にシリーズになっているからといってレベルが高いと言う訳じゃないけど)


とはいえ、終わり方には微妙に疑問があるんだよね。


ミュータントが地球の支配者たるべきと主張するマグニートーがいなければ、最終兵器たるジーンを発動させることもなく、ミュータントと人類の共存は可能になる、という風にしかとれないのだが、それこそがまさに「差別」的な発想以外のなにものでもないような気がするのは私だけ?

彼の組織する「ブラザー・フット」を”テロ組織”と表現しているのがまさにそれを表している気がするし。

ジーン自身も自分をコントロールできないままパワーをまき散らし結果的には自滅するのだけれど、それって突然変異はあくまで”理性とは対局である”という制作者側の気持ちが透けて見える気もしてなんだか釈然としない。


まさにミュータントがただの”異物”って言ってるようなもんじゃないのかなあ。


個人的には主人公チーム(?)であるヒュー・ジャクマン演じるローガンやハル・ベリー演じるストームよりも、プロフェッサーX(チャールズ)やマグニートーが真の主役に見えてならない。

彼らそれぞれの主張はどちらも100%正しくはないが、間違ってもいない。偏見しか持たない人類に愛想をつかす気分も分かるし、だからといって排除するというのは極端に振りすぎ。共存する道を探るのも一つの方法であるだろうけれど、これがまた簡単ではないことは誰だって分かる。

言ってみれば理論と感情論の戦いみたいなもの。あちらを立てればこちらが立たず。

だからこそ、実は敵と味方に分かれていても心の中では二人は親友のままだったのではないだろうか。


答えが出ないことを彼らは知っていたから。





もしミュータントとしての能力が超能力でなく、例えば自分に対する自信やアイデンティのようなものだとしたらどうだろう。


どちらも生きていくためには絶対に必要なもの。

そう思うと、最後にミュータントとしての能力を失ったマグニートーが、チェスのコマさえ動かせない自分の指先になんともいえない目を向けているシーンを、また違う目で見ることができるのかもしれない。



それにしても、英語のタイトルでは「The Last Stand」なのに、”Final Decision(=最後の選択)”にわざわざ変えたのには理由があるの?。。。。

2006-08-27

ダンス・オブ・ヴァンパイア

下手の横好きの踊り好き(?)、映画でも舞台でも実はミュージカルが大好きな私。
一押しのご贔屓は「ユーイチロー君」(超勝手に命名)こと山口祐一郎氏。現在日本有数のミュージカルスターである彼が劇団四季で群舞だった頃からの筋金入ファンだったりする。

あの美しい外見としゃべりの面白さのギャップ。
いいんだな~これが♪

さてその彼が久々に主役をはる「ダンス・オブ・ヴァンパイア」。
今回はやはり四季出身のいわずと知れた演劇界の実力派「いっちゃん」こと市村正親氏との共演も期待度大の舞台である。


2006-08-27-1


ヴァンパイアの研究のためにこの地に旅行にやってきたアブロンシウス教授とその助手アルフレートは雪の中で遭難しかけ、遭難寸前に僻村の村人に助けられる。ここでは村人達はニンニクを手に持ち首にぶら下げ踊っていた。宿屋の主人シャガールとその女房レベッカ、女中のマグダは彼らをもてなしながらもヴァンパイアの存在を否定し続ける。泊まり部屋のお風呂場で美人の娘サラに出合ったアルフレートは彼女に一目惚れ。
そんな宿屋にヴァンパイア・クロロック伯爵がやってくる。美しいサラを手に入れ果てしない欲望を満たそうとするクロロック、ヴァンパイア退治に執念を燃やすアブロンシウス、クロロックに魅せられ、居城に導かれるサラ、サラへの恋と義務に振り回されるアルフレート。舞台はクロロックの居城に移り、舞踏会が始まる・・・。


それなりのキャストを揃えているので、想像以上にレベルは高い。が、しかし例えばサラ役の大塚ちひろは歌は上手いけれど、ダンスシーンになると本人が踊らずに入れ替わっているのがまる分かりなのは少々興ざめ。よっぽどアンサンブルのヴァンパイア達の方が”歌って踊れる”ように思えてしまう。シャガールやマグダ役はそうでもなかったけど、若手メインキャストのアルフレートとサラは健闘賞、及第レベルは出てないのがちょっと残念。
その分、アンサンブルのダンスがかなり素晴らしい。四季出身者が多いと聞いたけれど、日本の舞台では特に踊りに物足りなさを感じるのでその点には非常に満足。


そしてメインキャスト二人、ユーイチロー君といっちゃんは、やっぱり悪いけれど他の役者とは質が全く違う。
歌にしろ踊りにしろレベルの差は歴然だし(ユーイチロー君はほとんど踊ってないけど)実力差がこれだけあると、ある意味すがすがしさしか感じない。
特にいわゆる狂言回し的な役であるいっちゃんのアブロンシウス教授は下手な役者がやったらただの道化にしかならないところを、哀愁感や愛嬌も漂わせて絶妙。あまりにはまっていて、しばらく「あれ?いっちゃん出てないの?」と思っていた。


・・・頭っから出ずっぱりだったなんて。(爆)


私個人としてはユーイチロー君の方の肩を持ちたいんだけど、なにを演じても「山口裕一郎」になってしまうユーイチロー君といっちゃんを並べるとやっぱりいっちゃんの方の方が一枚上手かな、という気が改めてした。


2006-08-27-2


話の結末がいまいちよくわからないし(「みんなでヴァンパイアになろう!」なのか?)クロロック伯爵の苦悩やアルフレートの恋心、サラの勝手さみたいなものが上手く絡んでなくて全体的なまとまりにかける気はするけど、全体のレベルは高いと思うし面白い舞台ではあったと思う。
ダンスシーンはなかなか見せてくれるし、シャガールやせむし男・クコール等のワキ役の演技もいい。特筆すべきは客席との一体感を感じさせる演出。立って拍手するのがいいかどうかは別にして(立てない人の事を考えない人が多すぎる!)、演劇においての最後の印象ってのは馬鹿にできないからなかなか感心した。
日本ではなかなか「私観る人、あなた演じる人」という意識が強いので、こういうのはもっと増えるべきなんだろうな。






さて、クロロック伯爵の登場シーン。
コウモリの羽を付け、空に浮かんで「怖くない~」と歌う、漆黒の翼を広げて歌っている姿はなかなか堂々たるものである。しかし、いくら怖くないと歌っていても美形のユーイチロー君が演じていようとも、



どう見たって怪しいエロおやじ。



なにも風呂場に出現しなくても、ねえ。(笑)

2006-08-20

みちよしの夏休み


みちよしの夏休み


頂きものチケットで出かけたサマーコンサート。
あの小澤征爾の作った交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団。宮崎アニメ『千と千尋の神隠し』の音楽も担当したというくらいの知識はあったけれど。


まず、一言。


面白いっ!


クラッシックのコンサートとは思えません。(←褒めてます)
ノリはいいし、MCも面白いし、指揮者はまるダンサーだし。(←これも褒めてます)


時間も一時間とさっくりさ加減がまた丁度いい。
(個人的にはクラッシックコンサートの”あの”時間の長さが飽きに繋がるのだと思っている私)


ダンサーな指揮者、井上道義氏の名前も今日初めて意識したのだが、MCの面白さといい、あの指揮っぷりといい、ただ者ではない。
あの世紀の名指揮者小澤征爾氏よりもある意味キャラクター濃くないですか?

実はオランダではコーラスサークルに所属しあちこちに巡業していた私。歌う声がかなり大きいらしいので、コンダクター(conductor=指揮者)の指示は指針であり基準だった。指揮がない状態など恐くて想像できない。
そんな”指示される側”の目で見ると、みちよし氏の指揮は


高度すぎてたぶん絶対ついていけません。


と思うくらい、私の中では別物。(ってか踊りじゃないのか、あれ?)
あれで演奏できるのは真面目に凄い。や、ホントに。


こう書くとかなりイロモノっぽく感じる御仁もいるかもしれない。
評価は人によると思うので断言は差し控えるが、少なくともコンサートマスターのバイオリンの腕、あれだけのレベルはあんまりお目にかからないと思うし、演奏のクオリティもかなり高いと思いますよ。


あまりに面白かったので帰宅して色々調べたら、これって毎年恒例でやるお祭りみたいなものらしい。そういえば開催前にコンサートホールでフリマ(!)もしてたなあ。
このお気楽さ加減がまたいいんだよねー。



というわけで、我が脳内のチェックリストに”新日本フィルハーモニー交響楽団”と”井上道義”が新たに書き加えられた夏の一日。
機会があればまた出向いてみたいものです。


新日本フィルハーモニー交響楽団HP

2006-08-20

今月の映画 「僕の、世界の中心は、君だ。」


映画僕の、世界の中心は、君だ。


海沿いの小さな町の高校に通う平凡な高校生スホ。成績も容姿もいたって普通だ。同じクラスの女の子スウンは、学校でも目立つ存在。美人で性格もいいスウンは、当然、男子の人気の的だが、実は中学時代からスホへの想いを胸に秘めていた。ついにスウンはスホに告白し、二人はポケベルで想いを伝えあうようになる。気持ちを深めていく二人。おせっかいな友人のおかげでふたりだけで島に旅行へ行った二人は、さらにお互いのかけがえのなさを確認しあう。そんな矢先、スウンが倒れてしまう。実は彼女の身体は病に侵されていて・・・。


人様が「泣いた~」という映画で泣けないと、自分が妙に冷たい人間なんじゃないかと不安になることがありませんか?

ここ最近だとセカチューこと「世界の中心で愛を叫ぶ」。

あれだけ話題になったのに、私の涙腺はほとんど反応してくれなかった。というより、いい大人がなに女々しく引きずってるんだよー、思い続けているのはかまわないけどそれに周りを巻き込むなー、という思いの方が強く残った。

映画鑑賞では共感が持てないほど辛いことはない。


さて、そのセカチュー韓国リメイク版がこれ。

ラブストーリーの国と言われる韓国だから、かえってべったべたくらいにやってくれるかと期待していたのだけど、


むしろコメディとしてなら高評価。(前半のみ)



さらにお子ちゃまになってしまった主人公二人に涙腺が反応することはなく。放射能治療は当然しているだろうに髪の毛がつやつやなのは何故だとか、十年前に荷物もとりに行かなかったのかとかそれ以上に突っ込み所も多かれど、なにより二人の心の動きが全然理解できない、よって感情移入も不可。

とどめのラストシーンも、韓国お得意の”残されたモノ”系だけど、それがどういう意味になるのかよくわかりません。


泣けた人、好きな人、これを読んで不快になったらごめんなさい。

最近の韓国映画はかなり質が高いんだけど、これは駄目でした。やっぱり日本の原作を無理矢理向こう風にしちゃったからなのかなあ?


まあ、画面はすごく綺麗でまさに少女漫画の世界だし、昔々に”赤いシリーズ”で泣けた人なら大丈夫なのかもしれません。




唯一、私の涙腺を刺激したのは、葬儀屋のおじいさんの昔の恋の話。

死ぬほど愛し合って引き裂かれた恋人たち。忘れているように見えても実は双方思い続けていて、彼女の死をきっかけに再会する。最後の逢瀬。

そんな彼女の葬儀を執り行うことになり、おじいさんは彼女の遺体を自分で作った死装束で包みながら言うのだ。

死ぬ前になにも買ってあげられなくてごめん、これで許してくれ、と。



想い続けるということはこういうこと、だと思う。

想い「続ける」ことが”偉い”わけではない。消せない想いだから密やかに持ち続けるしかないのだ。生きている人間を巻き込まないように。

亡くなってしまった人に勝てる人はいないのだから、それが最低のルールだろう。


これだけいいお手本があったのに、どうしてスホはああなっちゃったんだろうねえ。ホントにさ。

 

2006-08-10

祝!初個展

私の茶杓削りの師匠の個展です。
師匠と言っても、私が勝手に呼んでいるだけで、せいぜいイベントもどきで二度ほど手ほどきを受けただけ。どうもこういう和の文化って、一度なにかの教えを請うと、そこからはもう「師匠」「先生」という気分になってしまうんですよねえ。

私のような劣等生に言われても迷惑なのは明白。そもそも、


一度しかお酒をご一緒していない私を覚えていらっしゃるのか?(←判断基準はそこかい)


・・・・大丈夫でした。
覚えていて頂けました。(ほっ)


さて、いったい何年ぶりかと思う竹下通り。コスプレなのか本気なのかオトコなのか女の子なのかわけのわからない方が色々歩いているのも相変わらずだけど、久しぶりに行くと


人の流れに乗れない自分に激しく時の流れを感じました・・・。



気を取り直し、そんな若者文化ばりばりの竹下通りを裏に入ると、渋い茶店が出現。
まさにこんなところにこんなものが、って感じ。なんつっても中に和室があるんだもん。すごいぞ。


2006-08-10-1
仕覆は奥様の作だそう
夫婦合作ですね♪


2006-08-10-2
十年も茶杓を削っていらしてこれが初個展というのもびっくりだけど



どれもこれも師匠らしい剛胆で自由な作風が素敵でうっとり。
でも、値段もうっとり過ぎて買えませんがな。(泣)


またまた眼福なひとときに乾杯♪
ちなみに次回は奈良だそうです。



※茶杓ってなあに?って方へ

いわゆるお抹茶(粉のお茶)を救うための耳掻きの親玉みたいなやつです。昔はその日の茶会のために亭主(主催者)が削るのが本当だったとかなかったとか。。。
ちなみにお家元が削るのがいわゆる「ブランド品」ですが、上の理由から自分で削ってもいいし、”作家モノ”であるプロの茶杓師の作品も色々あります。


P.S 師匠!能楽師合コン、マジでお誘い待ってますからねっ!!



プロフィール

hijiri

Author:hijiri
長年のITまみれな生活を経て、着物と煙管、和文化と美しいもの、酒と美食(B級)をこよなく愛する生活。
■日本の文化と”今”をつなぐ再実感マガジンJapaaanでライターやってます。
http://mag.japaaan.com/
■cafeglobe読者エディター、やらせて頂いてます。
http://www.cafeglobe.com/2013/06/030174cafeglobe_readers.html
■ミラーサイトはこちら http://ameblo.jp/hijiri-info

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