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2007-04-30

やってきた着物達

こんな御縁もあるんだなあと、思う。



あるSNSにその筋では有名な「あげますコミュ」がある。
不要品をタダで欲しい人にあげる、という主旨のもので、私も引越の時などは随分活用させて貰った。
自分にとって”不要なもの”が、ある人のもとに行けば”欲しいもの”になるというのは、シンプルだけどなるほどな仕組みだ。


ここに、二部式の着物や羽織を数点出していた方がいた。
お祖母様の遺品の整理ということだったが、私としては二部式の着物というのはどういう仕組みになっているか知りたかったので、気楽に「ください♪」とコメントしてみた。



その方からメッセージが来たのがその日の夜。

「私の大好きな祖母でしたので、出来れば着物を大事にしていただける方がいいと思って探してました。」




まだあるお祖母様の遺品をまとめて私に下さるというのである。
お目にかかったこともない、赤の他人に、である。




どうも私のプロフやブログを見て、この人ならと思って下さったらしい。
(いや、こんな着物馬鹿なら大丈夫と思われたのかも知れないが)


なんといううれしさ。




正直な話、その方のお祖母様の世代なら私にはサイズ的には小さいだろうと思っていた。けれども、そこまで見込んで頂いたのなら、しかるべき手入れをして、よい嫁ぎ先を見つけてあげようと決心していた。
世の中にはこういうものをすぐにオークションに出したりする人もいるが、それがいけないとも思わないが(実際に私はオークションでほとんど揃えている)、好きだった身内が大事にしていたものを大事にしてくれる人へ、と思うその気持ちを金勘定と天秤にかけるものじゃない。
それこそひよっこ悉皆屋の心意気というもんじゃないかっ!






と、鼻息荒く思っていたのだが。






またもや驚くべきことに、ほとんどが私に着れるサイズなのだった。白状すると私は身長167cmなので、リサイクル着物のサイズとしては絶望的なのに、だ。
まあ、実際にはサイズとしては小さいのだが、もともと親の着物でさえサイズはあっていないから、適応サイズの身丈マイナス15cmくらいなら、自分的には充分普通に着れちゃうのである。




20070429着物



長く仕舞われていたのだろう、かび臭い着物を一枚一枚チェックしながら改めて見ていると、ひとつひとつ丁寧に新聞紙でくるまれた草履や、きちんと補強のしてある着物の裏など、とても大事にされていたのがわかる。確かにカビが浮いているものもあるが、長く仕舞われていたにしては、かなりきちんと手入れされている。ほとんど着ていないものもあるし、似たようなものが二枚ずつあるのは、お二人いたお嬢さんにというつもりだったのだろうか。


色の系統も似ている。優等生なブルー、どこかモダンな紫、そしてグリーン。
お嬢さんっぽいピンクや赤が全然ない。
しっかりして真面目だけど茶目っ気のある、そして知性的な人、のイメージ。


面白いことに、どの着物もびっくりするくらい似合った。


着物は身内のものが一番似合う。それは本当だが、実は基本的に似ている人間のものは、身長や体型関係なく似合うものなのだ。(けして、私が知性的だと言っているわけではない。(笑))
着物はその人の本質をくっきりと見せてしまうものだからである。
それ故、着物はやはり人生の年期の入ったおばあさんが一番格好よく決まる。若い者には太刀打ちなんかできない。



誤解を恐れずに言えば、きっとどこか似ている人だったのだろう。
そんな着物達が、何万分の一の確立で私の所へやってきた、不思議。


こんなことも人生にあるのだ。






一枚一枚干しながら、私はそのお祖母様という方に思いを馳せてみた。
そのうちお墓参りにでも行かせて貰おうか。

「貴女の着物は、今は私がこうやって着てますよ。ありがとうございます。」と。

少しは喜んでもらえるだろうか。

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2007-04-14

MOA美術館定期能

熱海にあるMOA美術館にある能楽堂で開かれる定期能。
たまたま招待券を頂いたので、ドライブがてら観にいってきました。


実はここに能楽堂があることを、今回招待券を頂くまで知らなかった私。
熱海といえば温泉、的ない貧しいイメージで訪れてみれば、こんなところにこんなモダンな施設があるなんて、とびっくり。特に美術館ロビーから見える風景は本当にス・テ・キ☆
海辺に別荘を買いたいという方の気持ちが分かります。(ってか、欲しい)


20070414_01


そんな美術館の中にある能楽堂もかなりの本格派です。
定期的に行なわれているらしい演目も、ビックネームは少ないながらもなかなかの充実ぶり。今回の大蔵流善竹家の狂言「梟」と金春流の能「錦木」という、”遠い曲”(あまり演じられる機会のない演目をこう呼ぶのです)同士のなかなか珍しい組み合わせも興味をそそります。


ご存知の通り、私は大蔵流茂山千五郎家びいきなので、あまり他のお家の舞台を拝見する機会がなく、善竹家の狂言を拝見するのは今回で二度目。
前回福福しい笑顔が印象的だった富太郎氏も相変わらずいい感じだったけれど、今回はなんといっても当主善竹十郎氏の声量にびっくりしました。オペラ歌手のような重厚ではりのある声は、個人的な意見で言うと狂言界一ではないのかというほど。いつもはつい”演技”を意識して見てしまうけれど、”声”も大事なんだねえ~。いやいや新しい視点は収穫でした。

そして能「錦木」
金春流の能を拝見するのは初めてで、見慣れている観世流などと比べるとシンプルな印象を受けたのですが、それよりもなによりも大鼓、小鼓の方の掛け声が大きすぎて、シテの謡が全然聞こえない、なにを言っているのかわからないのが・・・・パントマイムじゃあるまいし・・・・。

これってたまに見かける現象なんですが、シテの声量がないからいけないのか、それともそういうことを気にせず声を張り上げる囃子方がいけないのか、どっちなんでしょうね?


このあたり、今度専門の方にお聞きしてみたいところです。





というわけで、ちょっとさびしい結末でしたが、天気の良い週末「能を観に1dayトリップ」、なんて、ちょっとお洒落かも♪
またぶらっと行ってみようかな。



20070414_01
富士山、くっきりw。

















2007-04-09

ハルダンゲルヴァイオリン

ハルダンゲルヴァイオリンって、知ってますか?


「ノルウェーの国民的楽器でフィヨルドで有名なハルダンゲル地方で生まれた民族楽器。現地では「ハーディングフェーレ」と呼ばれるこの楽器は真珠母貝や象眼細工で花模様の装飾が施され、通常4本弦の下に4~5本の共鳴弦(アンダーストリング)の存在が特徴。作曲家グリーグもこの楽器の音色に影響を受け、数々の名曲を残している」


・・・・はい、私は知りませんでした。


たまたま続けて買い物したせいなのか、なぜか銀座の老舗デパートからビュッフェパーティ&ヴァイオリンコンサートの招待を頂きました。せっかくの機会だしと出かけたコンサートで演奏されていたのがこの楽器。
普通のヴァイオリンに比べていろいろと装飾がされています。なんでも象眼細工の模様は家によって違うそうで、日本でいうところの家紋のようなものなのでしょうか。
どこか柔らかで懐かしさを感じさせる音色も、日本のお琴に近い感じで、なんとなく親近感があります。演奏曲のひとつに「さくらさくら」があったんだけど、まったく違和感なし。



ハルダンゲルヴァイオリン



まだまだ情報も伝わらなかったであろう時代に、世界中で独自の似たような音色が作られ愛されていたことに、人間の共通点というか根っこは同じ、みたいな思いも少し。
こういう思いをみんなで持てば、戦争なんて起こんないだろうに。



不安定な合奏を感じさせる音に、ふと、過去にクラッシックがもてはやされ憧れられたのは、きっちりといつも変わらない音を出すことが難しかったからではないかとも思いました。


今の時代は逆になにもかもデジタル囲まれた生活。
こんなやわらかい”調和”を無意識に求めているのかもしれませんね。




20070407_01

ビュッフェでたらふく食べた後にはこんなステキなお茶のもてなしもw。



20070407_02

こんなお土産まで頂きました。なんかセレブ~(笑)



2007-04-08

今月の映画 「パフューム」


映画 パフィーム

18世紀、パリの魚市場で産み落とされたグルヌイユは驚異的な嗅覚を持っていた。青年に成長したある日、赤毛の少女が発する至福の香りに出会うが、夢中になるあまり彼女を殺してしまう。死と共に香りも消えてしまうことを知った彼は、香りを永遠にとどめておく方法を探るため調香師に弟子入りし、さらなる技を求めて職人の街グラースへ向かう。途中、自分自身に体臭がないことに気づき衝撃を受けるが、やがて運命の香りと再会する・・・・。



基本的に怖い映画がダメである。
MAXレベルで「羊達の沈黙」で「ハンニバル」になるとかなりきつい、という感じ。


反面、子供の頃からなぜか鼻が異常に効き、香りというものに並々ならぬ興味を持つ人間としては、この映画はかなり気になる存在だった。
「香りを映像化した映画」・・・いったいどんな映像なのか、どんな撮り方をしているのか。
私の怖いモノ嫌いを知っている人間達は「かなりえぐいらしいよ~」とか親切な言葉をかけてくれるし、どうしようかと思っていたら・・・・なんと、招待券を貰ったのでご一緒しない?というお誘いを頂いた。


やっぱり観ろってことだろこれは。ぐっ(←げんこつを握る音)





悲壮な決心で出向いた映画は、けれども想像以上にえぐくもホラーでもなく、むしろ”悲しい”雰囲気がつきまとう。
ウィーンフィルのオーケストラの音楽のせいなのか、それともアンティックな18世紀のコスチュームのせいなのかわからないけれど、”殺人”というおぞましいことが、なぜか「トピックス」としての意味を持たず、ただの「出来事」としてとしか捉えられない。
髪を刈り上げられ、裸で捨てられる少女達の遺体。
それはまるでオブジェのように美しく、物体としての美だけをまき散らす。

まるでおぞましくも美しい宗教画のようだ。


初めて惹かれた少女の”香り”を保存して永遠に保ちたいという思いだけに捕らわれた主人公グルヌイユは、だから異常ではあるけれども殺人者には見えない。もっとつっこんで言えば”自分のやっていることに一筋の疑問をもっていない”人間は、犯罪者の空気を纏ってはいない。漂うのは異常者としての刻印だけだ。その圧倒的な孤独。そしてパワー。

娘を思う父親の常識が結果的には手出しもできずに負けるのも、その異常者のパワーが尋常ではないからだ。


美しい最後の犠牲者を手にかけられるのか、サスペンスフルなストーリーは確かに見る者を引きつける。
そして、なんといっても映像のすごさ。自分の過去の記憶や経験をほじくりかえされるような感覚、そしてそこから蘇る香り。
映像の素晴らしさは特筆にあたいする。
音楽と相まって、まるでよくできたドキュメンタリーのような気がしてしまう。


だからこそ、クライマックスシーンのすざましさが印象に残るし、できればそこで終わって欲しかったと思う。
白いハンカチにたらされた一滴が呼び起こす圧倒的な地獄図。(人によっては天国?)キリスト教の宗教画では割とよく見る図だが、あれだけの本能を呼びさます香りとは、たぶんフェロモンだったのだろう。


異性が異性に惹かれ、本能を呼び覚ます香り。


ある部分、それは狂気でもある。







グルヌイユにとって、赤毛の美少女ローラも、他の美人たちも、単なるモノでしかなかった。
彼が望んだのは、初めて惹かれた赤毛の少女の香り。たぶん、私達が「一目惚れ」と呼ぶような幼い恋と同じように、彼は彼女の匂いに恋をして、ただ彼女に愛されたかった。
その彼女を自らの手で誤って殺してしまったことで、きっと彼の初恋はそこから一歩も動けなくなってしまったのだろう。
彼女の香りを復活するまでは。

クライマックスシーンの彼の涙は、愛する人を亡くしてしまった人間の後悔の涙なのだ。
そんな人間味のある部分で終わってくれたのなら、もしかしてもっと理解も涙も流せただろうと思うのだけど。





最後のシーンは、変な話だが狩猟民族的な発想であれば、究極の”愛”ではあるのだろう。
けれども、彼が欲しかったモノは本当にそんな”愛”だったのか。

そんなもので彼の魂は本当に救われたのか。




釈然としないラストシーンの評価は人によってわかれるのではないかと思うが、個人的にはこの作品は「殉教者」の物語だと思う。だからこそ悲しく、見終わった後の思いはせつない。
求めた側も求められてしまった側にも、けして理解しあうことはないのだから。



2007-04-08

夜桜能

毎年4月に靖国神社で奉納される夜桜能。
昨年初めて観に行って、その幽玄の世界に味をしめ。
今年は能初心者の相方も連れていこうと、数ヶ月前からチケットを確保(おまけに一番いいランクの席だ!)、なんとか桜の花にも間に合ったし、ここのところの激務の中で指折り数えて楽しみにしていたのに。


夕方から土砂降りの雨(雷付)ってのはどういうことですかっ!



こんなに毎日真面目に働いているというのに。
なにかの嫌がらせとしか思えない(怒)



釈然としない思いを抱えて日比谷公会堂へ急ぐ。
雨の場合は、こちらの会場に場所を移して開催されるのだ。




三日間の演目を吟味してこの日を選んだだけに、演じられる内容、演技に文句のつけようはない。
野村万作・萬斎親子の狂言「磁石」に、梅若六郎シテの能「巴」というビックでバリューな組み合わせである。

相変わらず野村親子の狂言のクオリティの高さも素晴らしいが、今回は能「巴」が見応えがあった。
木曽義仲の形見を身に纏った男装で、愛する人の最期を語る巴御前を主役とした能の演目だが、舞台に飾られた桜をバックに舞う梅若六郎氏の巴の色っぽいこと、優雅なこと。正直能でこれだけ「うえええ、綺麗だなあ」と感動したことはなかったかもしれない。
誤解を招かぬように言っておくと、能に出てくる女性は皆美しいのだが、幽玄の存在で色気というよりもはかなさを感じるものが多い。が、今回はそれとは違う「生身の女性」の存在が感じられたことが、素直な感動に繋がったように思う。
紅天女などの創作能などにも幅広く活躍する彼ならでの現代的な美しさというべきものかもしれない。


堪能いたしました、はい。


内容は!


夜桜能
ちょっとぶれちゃった(汗)



これを夜桜の下で見れたらホントに良かったのに。

まったく、




誰だよ、これだけ日頃の行いの悪かったヤツはっ!











プロフィール

hijiri

Author:hijiri
長年のITまみれな生活を経て、着物と煙管、和文化と美しいもの、酒と美食(B級)をこよなく愛する生活。
■日本の文化と”今”をつなぐ再実感マガジンJapaaanでライターやってます。
http://mag.japaaan.com/
■cafeglobe読者エディター、やらせて頂いてます。
http://www.cafeglobe.com/2013/06/030174cafeglobe_readers.html
■ミラーサイトはこちら http://ameblo.jp/hijiri-info

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