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2007-05-29

今月の映画 「女帝」


映画 女帝

時は、古代中国の五代十国時代。皇帝の弟リーが、兄を殺して王位を奪い、さらに皇太子をも抹殺しようとしていた。王妃ワンは、義理の息子である皇太子を守るため、新帝リーと結婚する。彼に抱かれながら、魂は復讐の神に捧げる王妃。彼女への欲望に溺れながら、皇太子暗殺を企てる新帝。争いを憎みながら、父の仇を討つ決意をする皇太子。遂に、時は満ちた。その夜、国を挙げての盛大な宴が開かれ、一つの盃に毒が盛られる・・・・・。




「アジアの宝石」チャン・ツィイー主演の復讐劇。ベースはシェイクスピアの「ハムレット」らしいが、アジアチックな舞台のせいか、主人公が成熟した女性に変更されているせいなのか、もともとのハムレットに感じる青臭さはあまり感じることはない。



とにかくチャン・ツィイーが美しい。

赤いアイシャドウなんて、ビジュアルが苦しいと見れたもんじゃないが(笑)、さすがの美貌、それでも美しく見えるのがすばらしい。
そしてあふれ出す悪意と棘。



新帝が彼女に傾倒していく様が同姓からでも十分理解できる。男性ならたまったものではないだろう。





ちょっと「黒衣の花嫁」を思い出した。





復讐はむなしい。それは行為がむなしいのではなく、トリガーとなった、例えば愛する人は既に過去でしかないからだ。
引換えに復讐の対象である人物は、今その時を生きている。止まっった時はどんなに大事に抱えていたとしても、想いも心も色褪せてしまう。

たとえそのことで時が止まったように思えたとしても、その人は生きている。
そこから生まれる矛盾。




彼女の場合、もちろん皇太子のことを愛していたことは事実だろう。けれども、ならばもし彼が彼女に一緒に逃げようと言ったならそうなっただろうか。
たぶん、答えはNoだ。



彼女が執着していたのは「ワン」と名前を呼ばれていた過去の時間。それを体現している皇太子ウールアン。
権力の味を知り、執着されることを知った彼女は失った時を彼になぞらえて、愛情と錯覚していただけなのではないかと思う。






新帝リーを演じたグォ・ヨウの存在感といやらしさは格別。そこにほのかに見える純粋さがまたいい。

こういう役は本当にいい男しか演じられない。
皇太子役のダニエル・ウーもハンサム(けれども宰相の息子の方がかっこいいような気もした(笑))だし、ポストチャン・ツィイーとの呼び声高いジョウ・シュン演じるチンニーも、オフェーリアを彷彿とさせるような悲劇の女性役で、ウィンター・ソングで演じたようなビッチよりも全然いい。(笑)

全般的に動きといい、演技といい、役者のレベルは高いと思う。


舞台セットも衣装も美しく、変なワイヤーアクション(笑)も少なく、舞のような動きやゴージャスな雰囲気は一見の価値がある。
実在のようで実在ではない架空の国の御伽噺。





自分を一番愛した女帝は、愛されたからこそきっとみんなも愛していた。
愛は憎しみに簡単に裏返る。その逆も同じ。
皇太子のことも新帝リーのことも、自分の為に愛していたからこそ残酷にも冷酷にもなれた女帝は、だからこそ最後には消されるしかすべはなかったのかもしれない。 


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2007-05-27

自分のためではなく

私は神社を見かけると、よっぽど急いでいない限りお参りします。
朝も神棚(ってか、我が家は簡易版だけど(汗))にご挨拶してから家を出ます。
いつ頃からこうなったかはもう覚えていないけど、私には精神安定剤的なかかせない習慣。


昔は、願う事は自分の事ばかりでした。
○○が欲しい、××になって欲しい、△△になりたい。。。。
人に対してもこうなって欲しい、ばかり。


それがここ数年でいつの間にか変わって、
最近必ずつぶやいてしまうことは
「みんなが幸せでいてくれますように」


出会ってしまった人も通り過ぎただけの人も、
大好きな仲間も、大切な家族も、
色々あって離れてしまったり決別してしまった人も
喧嘩中の人も苦しんでいるだろう人も
イイコちゃんぶるつもりはなく
本当に幸せでいて欲しい。
みんなみんな私の大事な縁を結んでくれた人達だから。


大好きな漫画「サイファ(成田美名子)」の中に
こんなセリフがあります。

「人のために祈るってな豊かなもんだな。世界で一番幸せなことかもしれない」


本当にそうだから、私は幸せ者なんだと思います。


本音を言えば知らないですむことなら知りたくないし
見なくてすむなら見たくない。
苦しんでいるところも悩んでいることも知りたくないけど
知ってしまった以上、救われるように祈らずにはいられない。
そして他人の私ができることはただそれだけ。



ここ最近、ぽつぽつ周りでいろんなことが起こって、
「毎日お祈りしているのに、祈り方が足りないのかなあ」とついつぶやいたら、相方が言いました。
「祈ってるからこれくらいで済んでいるんじゃないの?(笑)」


本当にそうだったらいいのに。


2007-05-14

愛宕山古典芸能祭2007

めでたく事前申込みに当選し、NHK放送博物館前で行なわれた「愛宕山古典芸能祭2007」に行って来ました。


白状すると、”芸能祭”ではなくて、思いっきり”薪能”と脳内変換していた私。
あんなにあれこれ盛りだくさんだとは知りませんでした。(笑)
ざっと挙げてみると、「愛宕山花舞台」「小唄・端唄のひととき」「池の端コンサート」「愛宕山若葉寄席」「愛宕山薪能」・・・なかなかの充実振りじゃあーりませんか。

池のほとりで夕刻の斜光の中で行なわれるコンサートの雰囲気のよさや、青空の下で聞く落語はなかなかのものです。



さて、本命の能楽は野村萬斎シテの「彦市ばなし」と金春流櫻間金記シテの能「一角仙人」という組み合わせ。
折りしも夕暮れの空に映える炎が、いやでも幻想的なムードをかもし出します。うーん、わくわく♪

最近はお家芸と言っても過言ではない萬斎氏の「彦市ばなし」はさすがに面白い。
けど、これって狂言??

衣装も独特、道具も見立てとはいえ普通の狂言舞台とは思えないほどのボリューム。セリフも聞き取りやすいし、確かに初心者にはとても入りやすいとは思いますが、これが”狂言”と思うのは少々難しいような気も。
まあ、えらそうに言うようなことではないのですが、狂言独特の面白さとは別物であるかなという気がしました。



「一角仙人」はずーっと観たかった演目でわくわく。旋陀夫人の美麗さも色っぽい相舞もよかったですが(正直、お能で”オカルト”でなくて”色気のある”演目ってほとんどないんだよね(笑))一角仙人の悲哀というか、寂しさが一番心に沁みました。
最初は拒否していてもだんだんにあふれ出す人恋しさ。だからこそ、残された後の彼の寂しさと、利用されたあげく龍神に倒されてしまう悲しみがしみじみと伝わってくるのですよね。
確かに善人ではなかったのかもしれない彼だけど、人間の残酷さをある意味感じられる演目かもしれません。
うーん、堪能しました~♪



20070513



それにしても、無料で(!←これ強調!)これだけ楽しめるんなら、来年ももちろん申し込まねば。
次は狂言は千五郎家で是非よろしく>NHKさんw。
プロフィール

hijiri

Author:hijiri
長年のITまみれな生活を経て、着物と煙管、和文化と美しいもの、酒と美食(B級)をこよなく愛する生活。
■日本の文化と”今”をつなぐ再実感マガジンJapaaanでライターやってます。
http://mag.japaaan.com/
■cafeglobe読者エディター、やらせて頂いてます。
http://www.cafeglobe.com/2013/06/030174cafeglobe_readers.html
■ミラーサイトはこちら http://ameblo.jp/hijiri-info

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