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2012-06-28

Today's Flower


花束っぽいのもいいよね。

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2012-06-24

そんなつもりはなかったのに。

お参りにたまたま寄ったら骨董市やってた富岡さん。


こういうときに限って、おいでおいでをする子たちがいるのはなぜだろう(爆)




・・・・本当にそんなつもりはなかったのよっ!
信じて!!




完全に未使用品の紺の絹絽。




こちらはたぶんかなりアンティークな単。
とはいえ、白物にしてはほとんど汚れなく、普段着としてはかなり上等の部類。


なんにせよ薄くて軽いので暑い日には重宝しそう。
着付けはちょっと面倒かもしれないけど(笑)




銘仙の単。
色が綺麗で着たとしてもせいぜい一回か二回な、すこぶる状態よし子ちゃん。




袖がかなり長いので、普通の襦袢は無理っぽいな。
いっそ筒袖の襦袢かな。


この袖の長さで古いものの割には思いがけず身丈がある意味がわかります。
(昔は身長で袖の長さを決めていたから)
意外とないんですよね、このサイズの銘仙って。




そしてなぜかおまけに帯を一本貰ってしまったり。
銀糸が効いてるモダンな名古屋。
こちらも白物にしては相当程度よく使えそう。



いやはや、出会いとはいえ、またもややってしまった。
そろそろしまう場所も考えねば(汗)







2012-06-24

Today's Flower


アップするの忘れてた。


いろいろあったときは、薔薇をちょっと贅沢に多めに。

私にとっては最強のサプリメント、です(笑)

2012-06-23

さよなら生レバー@大井町

今月末で提供不可になる牛のレバ刺しとの別れを惜しむため
ついでに毎度おなじみダメな大人の休日を堪能するために大井町へ。





ダメな大人のレバ刺しツアーその一、肉のまえかわ。
残念ながらレバ刺しがなかったので、鶏ささみでビール。




今日の目玉というさくさくのとんかつで腹ごしらえなど。





続いてダメな大人のレバ刺しツアーそのその二、しげで煮込み。


こちらもレバー刺しでは結構名をはせているので期待したのですが
駆け込みのせいでもう入手ができなくなっているとのこと、残念。




仕方ないので、次。






ダメな大人のレバ刺しツアーその三、よし蔵。


おおっ、やっと巡り会えたよ!


二人前。



思い残しのないように、追加で一人前。
一人当たり1.5人前を噛みしめつつ別れを惜しむ。


サイチェン(再会)!





しかし、事故があったからって、じゃあ禁止すればっていう安易な考え方、どうなのかなあ。


なんか自己責任の取れない民族独特の思考なんじゃないだろか、と
自分を棚に上げてちょっと意地悪に思わなくもない。


2012-06-21

柳家小里んの会@池袋演芸場


先日、モノマチで偶然遭遇した御縁で、柳家小里ん師匠の会へ伺うことに。


池袋演芸場は初めて。
かなり小ぶりな感じがアットホームな雰囲気。





今日の噺は「青菜」と「殿様の盃」


「殿様の盃」の方はネタおろしだったそうで、御本人もいまいちとおっしゃっていましたが
町人言葉の多い落語でお殿様系の言い回しはなかなか新鮮で面白かったです。


それにしても遠距離恋愛(?)もこれだけ豪快なのはちょっとすごい(笑)
このスケール感も町人ネタではあまり見かけない感じですね。
本当は殿様がべらんめえな町人言葉になる一幕もあったそうですが
わかりにくくなるので今回はその部分は抜いたとのこと。
是非次回はフルバージョンで聞いてみたいものです。



「青菜」はおっとりした御隠居さんとべらんめえな植木屋さんのやり取りが面白い。
あーだこーだ言いつつもダンナさんにつきあってあげている
植木屋さんのおかみさんのツンデレっぷりがツボでしたw





終了後は師匠も含めた打ち上げに飛び入り参加。
ビールと紹興酒と美味しい中華で盛り上がる楽しい時間w



いやはやご縁って本当に面白いね。







2012-06-20

Today's Flower


二色の紫陽花。
梅雨の時期はやっぱりこれだよね。


今日は台風一過、暑くなりそうですね。

2012-06-11

セザンヌ―パリとプロヴァンス@国立新美術館




どちらかというと抽象的なイメージが強くて
偉大な画家であることは知っていても、
個人的にはもうひとつ好みではないセザンヌ。


そのせいか頭の中がイメージ先行であったらしく、
壁画を描いていた時期があったとか
(連作「四季」は巨大さもだが、私の彼のイメージからは相当違った)
水浴画の牧歌的なイメージが強かったにも関わらず
そこに至るまでに女性を悪のように思いこんでいた時期があったとか
意外な面もたくさんあって思いがけず見入ってしまった。




彼の絵があまり好みではない理由は
遠近法を無視して自分に見えているように描くという手法が落ち着かないことと
そして抽象的に描くことからか、目の表情がないことが一番大きい。


けれどもそういう説明的なものがないにも関わらず
これだけの作品が受け入れられ、成功したということは
それだけの表現力と魅力があったということでもある。


そしてそこに至るまでの彼の軌跡は正直思ったよりも人間くさくて
再現されたアトリエの簡素さと共に
確かに以前よりもずっと身近に感じたことは事実だ。





しかし、絵の進化というのは感情をストレートに表すということから考えたら
彼ら芸術家にとっては、ツイッターのような存在だったのかもと、ふと。
そんなことを考えたから、余計人間くさく感じたのかもしれない。





セザンヌ -パリとプロヴァンスー
http://cezanne.exhn.jp/
2012-06-10

六月大歌舞伎@新橋演舞場




<昼の部>

一、小栗栖の長兵衛(おぐるすのちょうべえ)

二、口上
 二代目 市川猿翁 襲名
 四代目 市川猿之助 襲名
 九代目 市川中車 襲名
 五代目 市川團子 初舞台

三、三代猿之助 四十八撰の内 義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
川連法眼館の場
市川猿之助宙乗り狐六法相勤め申し候





先日の亀博でまんまと思惑に引っ掛かり
一度でいいから亀治郎の宙乗り狐六法を観たい!と思ってしまったタイミングに
その彼の猿之助襲名、そしてなにより香川照之の中車襲名の口上とくれば
一度はチケット入手の困難さに諦めたものの見たくて見たくてしょうがなかった。




なんといっても今回の話題は
良くも悪くも俳優香川照之の歌舞伎界への復帰(?)だろう。


確かに既に名声も確立した演技力には折り紙つきの名優ではあるものの
あのがっちりと固まった伝統芸能の世界に齢40オーバーで飛び込めたというのは
すごいというより既にイリュージョン並みの事件だ。


ある意味色モノである自分の存在も覚悟し、
けれども息子を得た時から彼の名前をつけるところから
虎視眈々と自分の血のルーツである歌舞伎界への復帰をもくろみ
結果的に自身の野望を通しきったそのパワーには、
うらやましさと人間の性のようなものまで感じてしまう。

通常の俳優業もやめずに二足のわらじをはくことも
俳優としての香川の名前を維持すると言う特例にしたって
今までの歌舞伎界ではたぶんあり得ないことだったに違いない。



人の一念は岩をも通す。



様々な伝統芸能を見るが、多かれ少なかれあるとはいえ
たぶん歌舞伎が一番「家」というものに縛られ守られている、と思う。
長年歌舞伎役者をやってはいても、
”その家”に生まれなければ、一生主役をはるようなトップ争いはできない。
逆にその「血」さえ持って生まれれば、今回のように
素人が舞台に役付で上がることができることを彼は証明してしまったわけで
それはそういう場であるとはいえ、相当重たいものだと思う。
彼にとっても、周りにとっても。


けれどもそんな中車の口上も演技も、思いかげず冷静で穏やかで
以前テレビでみたような変な熱はきれいさっぱり消えていた。
確かに歌舞伎役者として考えればけしてうまくないし
(若手の天才、亀治郎=猿之助の横ではさらに比較にさえならない)
腹に軸が通ったというか、どこか柔らかくなったというか。
思ったより違和感のない、歌舞伎役者としての彼を観た気がする。


相当な努力はしたのだろうし、これからも大変だろうが
好きだった俳優香川照之ではなく、市川中車としてどうなっていくのか
妙に頼もしく大物感だたよう子息の團子と共に
ミーハー気分も合わせて楽しみにしたいと思う。







そしてなんといっても今回の個人的な目玉は新猿之助の
義経千本桜、川連法眼館の場の狐である。


いやはや、ひたすら素晴らしかった。
歌舞伎を見てここまで感動したのは初めてかもしれない。
いや、まじで。


なんていうのか、今だからできる、今でしかできない演技。
若く充分体力がある肉体と、完成にほぼ近づいた演技力が拮抗するこのタイミングで
えぐいくらいのエネルギーを技術力で抑え込んだような演技は
たぶん今しか見れないのだろうと思う。


若さゆえの突っ走る恋愛はその時にしかできないように。


彼の天才っぷりがこれからどのように円熟味を増していくのか
中車とは別にものすごく楽しみになった。






しかし、今まで結構フラットだったのに
すっかり澤瀉屋びいきになってしまった今回の大歌舞伎。
中車の襲名も猿之助の亀博も狐も、全てがこのプロモのためだったとしたら
澤瀉屋の沈着さとしたたかさは恐るべし。



そしてそういうクレバーさは、けして嫌いじゃないんだよね、私(笑)





口上で、新猿之助が述べた
哲学者で『ヤマトタケル』の原作者である梅原猛先生に頂いたというこの言葉。


「フリードリヒ・ニーチェという大哲学者があって、運命愛という言葉がある。
外側から降りかかった運命をさも自分が望んだかのよう愛する、これが運命愛で、
君はその運命愛に従ってこれから生きなくてはいかん」


振りかかった運命をさも自分が望んだように。


この言葉だけでも、個人的にはこの舞台を観た甲斐は充分あったと、
それも記しておきたいと思う。




最近時々感じるから。
選ばない人生はたぶん一番自由なのかもしれない、と。




やっぱり記念なので買ってみました(笑)




中は伊賀の堅焼きせんべい。




そして、この日のいでたちはこんな感じ↓



紺の透ける薄物に目出度さを寿ぎて鼈甲の鶴の根付と有職文様の帯で
いつもよりはたぶんフォーマルなはず(笑)
小物はもう夏物。


この格好でつい素足に下駄を履こうとしたのは内緒です(爆)


2012-06-06

Today's Flower


前回に引き続き。
6月はやっぱり薔薇だよね、と思うのです。

2012-06-03

萬狂言 特別公演「花子」他@宝生能楽堂





今のところ、存命の人間国宝の狂言師は知っている限り三名いらっしゃる。
私の中では別格の「ミスター狂言」こと大蔵流四世茂山千作師、
そして和泉流の野村萬師と野村万作師である。


流派によっても、人によっても芸風はかなり違うけれど
当然皆さん素晴らしい芸をお持ちであることは変わりなく、狂言界の宝。
狂言ファンとすれば機会があれば生で拝見したい存在であることに差はない。




そんな存在の一人野村萬師が齢80歳を超えて
狂言の秘曲と言われる「花子」に挑戦するということに加えて
おまけに大蔵流の山本東次郎師が妻役という異流共演、
そのうえ太郎冠者は流派は同じ和泉流でも野村又三郎家の又三郎氏という配役。
ここまでものすごいMIXで魅力的な演目はあまり聞いたことがない。


そりゃー、観たくなってしまうのが狂言ファンの人情というものでしょう(苦笑)





「花子」は御存じの向きも多いだろうが、秘曲と言われる高度な技術が必要ながら
(セリフの多い前半と違い、後半はほとんど謡のみ、これを語るのに技術がいるらしい。
セリフ構成の多い狂言には珍しいが、元が能の「班女」だからだろうか。)
内容は妻の目をなんとか盗んで愛人に会いに行こうする男のたわいのない話である。
さらにこの男は戻ってきてから、自分の身代わりにしていた太郎冠者に
その愛人の花子がどれだけかわいかったかいじらしかったかを訥々とのろけまくり、
入れ替わっていた妻に全部聞かれてしまうという間抜けっぷり。




ホントに男性はしょーもない、という単純なオチなのだが、
なんていうのかな、これ結構深い話だと思うんですよ。




地方赴任していた時に親しくなった女が上京してきて会いたいと文を寄こす。
現代と違って旅も大変な時代、たぶん女の方は本気なんだろうと容易に想像つくけど
男の方はどうもそこまでには見えない。
もちろん情はあるんだろうし好きは好きなんだろうけど、
それよりも「そうやって女に想われてる自分」の方がもっと好きなように見える。



花子がどれだけいじらしかったか、
恨み事を言わなかっただの可愛かっただの確かにべろべろなんだけど
(そしてこのべろべろ加減を演じるのが難しいのだろうと思うのだが)
なんていうか、彼女のことを本気で想っていない感じがどうしてもしてしまう。





文楽に「心中天の網島」という演目があるのだが、
その中で相思相愛で心中まで考えた遊女に愛想尽かしされて
奥方に「なんだあんな女」と怒り愚痴るシーンがある。
時代が違うのかもとは思いつつも
惚れた女の悪口を平気で奥方に愚痴る行動がずっと不思議だったのだが
ある本で彼には「所詮は遊女」という意識がどこかにあったのだろうと読んで
ああ、なるほど!と思ったことがある。



真実は男の幸せを思って遊女の方で縁を切ろうとしてくれたと判明し
その真心に打たれて結局は本当に心中までしてしまうのだが、
たぶんそれまではどこか「たかが遊女」だという意識があって
手に入れたいとは望んでも、本当に彼女のことを思っていたのではなくて
ある意味、美しい女性であれば、自分が望める相手であれば誰でもよかったと。
彼女の真心を知って初めて彼女と向き合い惚れたのではないかと思うのだ。



ちょっとうがちすぎかもしれないが、個人的にはこれですごく腑に落ちたのだ。




花子を見るとこれをどうしても思い出す。
上京してきた彼女は、これからどうするのだろうか。



そしてそんな薄情な男は、だからゆえひたすら愚かでかわいらしい。






他にも野村万蔵師の三番叟も、司祭役の太夫を兼ねる形式のものは初めて観て面白かったし、
個人的には野村太一郎師の那須与市話が思いがけずとてもよかった。

矢を射る動き、歌うかのような流麗な台詞回し。
動きがとにか美しく滑らかで静か。
東西の違い、上半身と下半身の違いはあれど、やはりダンサーの究極の美しさはここにつきる。
(ダンスはきちんと止まる一瞬がなければ増長して見え、どれだけテクニックがあってもけして綺麗ではない。)


笑いよりも芸術と型を優先する和泉流の意識はまさにはこの演目にはまっていて
それを若手であってもきちんと昇華しきっているのは
やはり和泉流野村家の系統の素晴らしさだろうと思う。





40年間日の目の見なかったという頂き物の単のデビュー。
演目にあわせてちょっとおぼこく色っぽく(笑)に
半襟を多めに出して花の刺繍の帯揚と黒の帯に紫の帯締で。




この単は織りが刺繍みたいでちょっと面白い。
襦袢の袖は黒レースで涼しげに。




根付は「聞かざる」


知らなくていいことは世の中に結構一杯あるよね。




通りすがりにお神輿に遭遇。



2012-06-02

Today's Flower


この時期はやっぱり薔薇だよねぇ、と思うのです。

プロフィール

hijiri

Author:hijiri
長年のITまみれな生活を経て、着物と煙管、和文化と美しいもの、酒と美食(B級)をこよなく愛する生活。
■日本の文化と”今”をつなぐ再実感マガジンJapaaanでライターやってます。
http://mag.japaaan.com/
■cafeglobe読者エディター、やらせて頂いてます。
http://www.cafeglobe.com/2013/06/030174cafeglobe_readers.html
■ミラーサイトはこちら http://ameblo.jp/hijiri-info

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