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2005-02-16

今月の映画 「東京タワー」


映画東京タワー


「東京タワー」を見た。自分でお金を払ったのは久しぶりのことである。(笑)


ご存じの方も多いだろうが、原作は江國香織氏。私はこの人の小説は好きでも嫌いでもない。そこにあれば読むだろうし、だからといってたぶん自分で本屋では買わないとも思う。

この人の作品は言葉が非常にきれいで淡泊なので下手に押しつけがましくないところがいい。例えて言えば、流れていて邪魔にならないBGMのような小説、というところだろうか。

逆に言えば、私にとってあまり個別に記憶には残らないけれども、ひとくくりの印象は悪くない作者さんだとも言える。


その中で、この「東京タワー」は珍しく記憶に残っていた小説だった。

確かにそのイメージそのままの映像はとても美しかったし、出演者もシーンも台詞も、なにもかも美しかった。

けれど、見終わってとても残念だった。

悪いとは言わないけれども、とてもとても残念に思った。




小説では、なんといっても作中に出てくる2つの恋愛劇の中心人物である2人の女性が魅力的だった。静と動と対照的な二人だけれども、共通しているのはどれだけ激しい恋に身を焦がしても、現実を見つめる目が見事に乾いている事だった。

静の代表である詩文さんは、年下の美少年を振り回そうが悩まそうが、それがかわいそうだと思っても罪悪だとは思っていないように見える。自分が望むのだからそれは仕方ないことなのだと思っているような女性だ。そこがとてもいい。

財力と名声にあふれた夫と地位、お金、キャリア、全てを持っていても中身はどこか空虚。けれど彼女はその空間をあえて満たそうとはしていない。だからどれだけ身勝手でも潔くて美しい。

動の代表である喜美子さんも、悩んだりヒステリーを起こしたりと表現方法は激しくどこか危ないが、そんな自分を冷静にも観察し、自分が溺れきるその一歩手前で見事に全てを切り捨てることができる女性だ。どれだけ孤独にさいなまれても苦しんでも、一度切り捨てた想いを拾い上げるなんて考えもしない骨太さがいい。最後のシーンで、あれだけ自分が求めた男が自分を求めて目の前に現れたのに見事に無視しきる、その冷たさが格好よかった。



あくまでこの小説の中では振り回されているのは未熟な美しい少年達であり、成熟した女性は彼らを包み込み導きながら、主導権は渡さない。彼女たちは社会的ななにもかもを、ひとかけらだって熱情と引き替えにしたりしない。

片目を閉じて恋に夢見ながら、密かに片目を開けて現実の足下を見ている。その上で欲しいものをただ欲しがっているだけなのだ。

だからこそ、相手役の少年達もしたたかに魅力的になっていく。


いくらきれいな子相手でも、こーんな忠犬ハチ公みたいな相手と恋愛なんて疲れそうで勘弁して欲しい。けれど彼女たちくらいまで極めることができるなら、確かにそれは悪くはないのかもしれない。確かに女にとって、こんな切ない瞳で見られることは必要な栄養だからね。

・・・・読み終わってそんな風に思ったのを覚えている。






映画では原作とは違う結末になるとは耳にしていた。

けれど実際には、そこへストーリーを集結するために、その前段階から二人の描写が変化していた。スクリーンの中で彼女たちはただ恋に身を焦がしているだけだった。

理想的な夫やキャリアを、己の熱情と天秤にかけていた。自分を相手を想う気持ちを、無理矢理切り捨てることで悲恋の気持ちに酔っていた。周りを巻き込み、全てを現実に晒し、日常を混乱に陥れても、恋しいという気持ちを言い訳にする、大人子供に成り下がっていた。

だから美しく現実味のない台詞も、実際に動く彼女達の口から出るととても薄っぺらくて陳腐になっていった。

彼女たちはどこにでもいる、現実でしかなかった。

なにかと恋を引き替えにして、どちらかしか選べなかった。

私が好ましいと思い、スクリーンで再会を願った夢の彼女たちは何処にもいなかった。




わかりやすいのは確かだろう。わかりやすいものは酔いやすい、だからこのように変えたのかも知れない。この映画を見て、一時の甘やかな空想に遊んだ人も多いのかもしれない。

けれど、おかげで映画は手垢にまみれた話になってしまった。スクリーンのあちこちに日常の空気が滲み、漂っている。いくら映像が美しくても、相手の夫に殴られるシーンや職場に怒鳴り込んでくるシーンなんてテレビのニュースでたくさんだと私なんかは思うんだけど。



ある程度人生を生きたら、リスクは欲しいとは思わない。誰も傷つけたくないし、でも全てをあきらめるには少しばかりまだ欲が勝ってしまう。

そんな中で恋に落ちることは簡単だ。けれど何ものとも引き替えにしない、なにも失わないというのは夢物語でしかない。

あの小説の中の彼女たちのあの身勝手さと軽やかさ。そんなものは実際に不可能だ。だからそれはおとぎ話になる。







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プロフィール

hijiri

Author:hijiri
長年のITまみれな生活を経て、着物と煙管、和文化と美しいもの、酒と美食(B級)をこよなく愛する生活。
■日本の文化と”今”をつなぐ再実感マガジンJapaaanでライターやってます。
http://mag.japaaan.com/
■cafeglobe読者エディター、やらせて頂いてます。
http://www.cafeglobe.com/2013/06/030174cafeglobe_readers.html
■ミラーサイトはこちら http://ameblo.jp/hijiri-info

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