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2006-09-15

今月の映画 「ワールド・トレードセンター」


映画ワールド・トレードセンター


2001年9月11日、全世界がTV画面に釘付けになった、あの日。アメリカ同時多発テロの標的となったワールド・トレード・センターの地下港湾警察官のジョン・マクローリンとウィル・ヒメノ、そして仲間達は崩れ落ちるビルの巻き添えになり地中深く生き埋めの状態になる。地中深くに閉じ込められた彼らは、極限状況の中、必死に生き延びようとするのだが・・・。


この映画に関しては多くを語る必要はないだろう。



あの出来事が起こったとき、たまたま私は家に帰ってテレビを付けたところだった。

妙な軌道で飛んでいる便があるというコメントと共にたぶんたまたま向けたのだろうカメラの映像が流れ、と思ったらビルに飛行機がぐっさりとささっていた。

目にした”もの”を頭で消化して理解する間もなく二機目が突っ込み、そのままテレビの中で混乱が広がっていくのを、一人きりのリビングでただ見つめていた。

確かとても天気が良い、ちょっと涼しい秋の日の夕方だったと思う。(まだ向こうにいた頃の話なので時差が日本とは違います)


その時、急に頭の中にフラッシュバックしたのが阪神大震災の映像だった。

私の母は神戸出身で、親戚のほとんどが神戸在住だった。例えば高速道路が折れた真横に写っていたマンションには母の弟家族が住んでいたし、従姉妹は長田区で一人暮らししていた。友人もいわゆる阪神間のあたりに住んでいるのが多かった。

ありがたいことに死人は出なかった。ほとんどが被災して神戸を離れたけれども、それで人生を棒に振った人間は私の身近にはいなかった。本当にラッキーだった。

それでもあの息詰まるような息苦しさ、消息が知れるまでの祈るような気持ちはまだまざまざと思い出せる。この映画の中でジョンとウィルの家族が見せる葛藤と苦しみは、程度は違えどだからとてもわかるのだ。


第一報から「駄目だった」と聞けば、悲しみ苦しんでもまだあきらめはつく。怖いのは可能性が残っているとき、どんなに低い可能性でもそれに人はしがみついてしまうものだから。

誰かが見つかったと聞けば自分の待ち人かもと思い、そうでなければ嫉妬する。自分の待ち人であったならば、自分はよかったと胸をなで下ろす。


この映画のテーマのように人間は支え合うこともできるが、簡単に悪魔にもなれるものなのだ。



もうひとつ。

冒頭でジョンのチームとしてビルに向かい、災害に巻き込まれるメンバーのロッカーの名前をカメラがパンするシーンがあるが、ほとんどが基本的に移民系の名字である。はっきりいえばアメリカ社会では中流~下流に属することが多い人々だ。

ジョンとウィルは戻って来れたからヒーローになった。

けれども戻って来れなかった大多数の人々は、間違っても毎日リムジンで通勤したり、大統領専用ジェットで移動するような人種ではなかったことは改めてよく肝に銘じておくべきなのではないだろうか。



観る前に想像したように、アメリカ賛歌の内容ではなかったことは評価したい。

ニコラス・ケイジのような実力ある役者を使っているのにあえてヒーローを作らなかったことも、オリバー・ストーン監督らしい良心だと思える。


けれどもこの映画を撮った意味は、きっとこれから問われていくのだろう。

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プロフィール

hijiri

Author:hijiri
長年のITまみれな生活を経て、着物と煙管、和文化と美しいもの、酒と美食(B級)をこよなく愛する生活。
■日本の文化と”今”をつなぐ再実感マガジンJapaaanでライターやってます。
http://mag.japaaan.com/
■cafeglobe読者エディター、やらせて頂いてます。
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■ミラーサイトはこちら http://ameblo.jp/hijiri-info

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